輪読会資料② 眩暈
2025.01.19
中医学では,疾病を症状別に分類整理する。その分類法は中医学特有のもので,症状名と西洋医学の病名が同しものもある。今回とりあげる眩暈も西洋医学に同様の病名があるが,しかし,中医学の眩暈に含まれる症状の範囲は相当広い。メニエール, 高血圧症,脳血管障害,貧血,自律神経失調症,眼科疾患などにみられる眩暈の症状は,すべて中医学の眩暈の弁証論治を適用することができる。中医学の眩暈は「目眩」と「頭暈」の2つに分けられる。目眩の眩は目が部首になっていることからもわかるように,目がくらむ,目がチカチカする,物がよく見えないなど目の症状が中心である。頭暈は頭部を中心とした症状で,頭がフラフラして不安定な感じをいう。眩暈は肝陽上亢,腎虚,気血不足,濁中阻,血内阻の病因によって発症するが,症状が重くなると周りのものがグルグル回転し,小舟に乗ったように揺れ,立ち上がることさえできなくなる。
病因病機
肝陽上亢 「諸風掉眩(風によって生じる,ふるえや揺れ) ,みな肝に属す」とされ,眩暈と関係の深い臓腑は肝である。肝は風木の臓であり,肝気は常に春の樹木のように上に向かって伸びていく性質がある。この上昇の傾向は,春風の勢いにあおられて動きの激しいものに変わりやすい。肝陽が風の性質をもって異常な勢いで上に亢進することを肝陽上亢という。肝陽上亢のおきる原因は3つある。陽盛体質 陽気の旺盛な人は陰と陽のバランスが崩れやすく,陰が少なく陽が旺盛(陰虚陽亢)になりやすい。精神的刺激 怒りやストレスにより,肝の疏泄機能が失調すると肝気の流れは悪くなり鬱結して,やがて熱に変化する。熱は肝血を損傷して陰虚陽亢となる。腎陰の不足 腎は水に属しており,五臓のうちでも一番下に位置している。腎水は肝木を滋養しているが,腎水が不足すると肝陽の亢進を抑えることができない。肝陽上亢のおこる根本の原因は陰の不足である。例えば,血圧を下げるため,「竜胆瀉肝湯」を用いて肝胆の火を清したとしても,腎水の不足を補わなければ,肝胆の火はふたたびおこり病気は長びく。肝陽上亢を完全に治療するには,上昇した陽気の制圧だけでなく,下部の陰を補うことを忘れてはならない。もちろん精神的なものが基本にある場合はストレスの解消が先決であろうが
腎精不足 腎は精を蔵し,精は髄を生む。この場合の髄は脊髄に属し,脊髄は脳につながって脳髄となる。頭は「髄の海」といわれ,髄が満たされておれば,脳は正常な活動を維持する。しかし腎精が不足して髄海(脳)が空虚になると,眩暈,精力の減退,物忘れ,耳鳴,足腰の痛みなどの症状が現れる。腎精不足は,年とともに精力が衰えてくること,早漏,遺精,夢精などの性的疾患や,性生活の不節制,慢性疾患による消耗によって現れる。
気血不足 気が不足すると清陽の気が上に昇って脳を滋養することができないため,眩暈がおこる。ます,眩暈は気虚によっておこる。気は血を生む本であるため,気虚と血虚はつながりやすい。気血が不足して栄養作用が減退すると眩暈がひどくなる。さらに,血を蔵する肝の血が不足すると肝の陰陽はバランスを失い,肝風が動きはじめ,風陽の邪が上に昇って頭部を攪乱し眩址がおこることもある。「脾胃は後天の本,気血を生む源」といわれ,気血不足の主な原因は脾胃にあり, ついで變性疾患,出血性の病気が原因として考えられる。脾胃虚弱は長年の生活習慣に依存するものであり,患者がそれと気づいていることは少ない。
痰濁中阻 痰はべットリして,見るからに不潔な物質であり,習慣的に痰濁と呼ぶ。痰湿が経絡中の流れを阻害し,気血が脳に届かないと眩暈がおこる。脳血管障害の患者で,発作後,眩暈がおこり,咽がゴロゴロする,庚がつまる,舌苔が厚いなどの症状がカ日わったら,痰を除去しなければ脳の症状は解決できない。痰を生む源は,気血を生む源と同様に脾胃である。汕っこいもの,甘いものの過食,飲酒など飲食の不節制によって,脾の運化機能が失調して水湿が停滞し,湿の停滞が長びいて固まると痰に変化し, 痰湿となる。湿の性質は比較的うすく,痰はそれより少し濃い。痰を生む原因は肺にもある。肺の宣発粛降機能が失調すると津液の代謝は悪くなり, 体内に水湿が停滞し痰に変わる。痰は脾と肺の機能失調によって発生する。
瘀血内阻 最近,さまざまな疾病が瘀血と関係すると考えられるようになった。眩暈も血と深い関係がある。外傷,脳血管障害などにより,体内に癖血が存在すると経脈中の気血の流れは阻害され,清陽の気が脳に到達することができず眩暈がおこる。脳血管障害にともなう眩暈は瘀血が原因していることが多い。産後の婦人におこる眩暈は癆血と血虚に原因がある。痰濁中阻と瘀血内阻は実証に属する。実証とは,体内に病理的産物が存在し,これが身体に悪影響を与える病証である。湿や瘀血はいきなり現われることはなく,先に何らかの虚証があって現れる。そのため,虚証と実証を同治する必要がある。腎精不足と気血不足は典型的な虚証に属する。肝陽上亢は,虚実挾雑に属する。
漢方
分類 症 状 治療原則 方 剤
肝陽上亢 眩暈,耳鳴り,偏頭痛,頭脹,怒りやすい赤ら顔,目赤,不眠,夢をよく見る不安感,ロ苦,足腰がだるい,健忘舌紅,
苔黄,脈弦数
平肝鎮陽、清火熄風
天麻釣藤飲(*日本にない方剤)、釣藤散、竜胆瀉肝湯
腎精不足 眩暈,健忘,足腰がだるい,耳鳴
陰虚: 五心煩熱,口渇,舌紅,苔無,脈数
陽虚: 顔色晄白,手足が冷える,夜間の頻尿,舌淡,苔白
補益腎精
陰虚: 六味地黄丸、知柏地黄丸、杞菊地黄丸
陽虚: 海馬補腎丸、八味地黄丸
気血不足 眩暈,倦怠,息ぎれ,顔色蒼白,動悸,不眠, 食欲不振,唇や爪につやがない,舌淡,脈細
補益気血、健運脾胃
十全大補湯、補中益気湯、帰睥湯、婦宝当帰膠、七物降火湯
痰濁中阻 眩暈,頭重,胸悶,悪心,痰多, 食欲不振嗜眠,体が重い,舌苔膩, 脈滑
燥湿化痰、止眩
半夏白朮天麻湯、竹茹温胆湯、五苓散、苓桂朮甘湯
瘀血内阻 頭痛, 眩暈,不眠,健忘,顔色が黒すんでいる舌暗,脈渋
去瘀生新、活血通絡
加味逍遙散、桂枝茯苓丸、冠元顆粒、血府逐癖湯
鍼灸
肝陽上亢
[主証] 眩暈。耳鳴り,頭痛,頭脹,急躁,怒りっぽい,多夢,不眠,ロ苦といった症状を伴う。顔面は時に紅潮する。煩労時や怒ったりすると眩暈, 頭痛はひどくなる。舌質は紅,舌苔は黄,脈は弦または弦数となる。
[治則] 平肝潜陽,清火熄風
[取穴] 百会(または風池) ,行間,丘墟百会(または風池)には鍼にて瀉法を施す。行間,丘墟は瀉法を施し透天涼を配して,鍼感を循経により上行させて頭部にいたらせる。耳鳴りによる聴覚減退を伴うものには,耳門または聴会を加えて瀉法を施し,開宣耳竅をはかる。
[応用] ◇火盛に偏していて目の充血を伴い,舌苔黄燥,脈弦数であるものには,行間,丘墟(瀉)により清肝瀉火,熄風,潜陽をはかるとよい。便秘を伴うものには,天枢(瀉)を加えるとよい。これらにより泄肝通腑の効を収めることができる。◇風盛に偏していて眩暈がひどく,吐きそうで,四肢麻木が見られ,ひどい場合には手足の震顫,筋のひきつりなどが見られるものには,太衝,風池,百会(瀉) により鎮肝熄風をはかるとよい。◇肝鬱化火,肝風内動に痰がからみ清竅に影響して起こっている眩暈には,豊隆, 陰陵泉,百会,行間(瀉)により清肝熄風,去湿降痰をはかるとよい。耳鳴りによる聴覚減退を伴うものには,聴会または聴宮を加えて瀉法を施し,開宣耳竅をはかるとよい。◇腎陰不足,水不涵木,肝陽偏亢,風陽上擾による眩址には,太衝,風池(瀉) , 復溜(補)により鎮肝熄風,育陰潜陽をはかるとよい。これは鎮肝熄風湯の効に類似した効を収めることができる。◇肝腎の陰分が大いに虧損したために風陽翕張〔風陽が非常に強いこと〕となり, 眩暈がかなりひどく腰膝酸軟,遺精,精神疲労,無力感を伴い,舌質光紅,脈弦細数であるものには,太衝(瀉) ,復溜,三陰交(補)により育陰潜陽をはかるとよい。これは大定風珠の効に類似した効を収めることができる。◇中年以上の患者で肝陽による眩暈が起こっている場合は,病状を細かに診察し, 中風の前兆であるか否かを判断する必要がある。同時に眩暈の予防と治療をしっかり行うことが重要である。
気血両虚
[主証] 頭暈,目眩が動くと増強する。飲食減少,心悸,不眠,精神疲労,懶言(らんげん),顔色蒼白。髪に光沢がない,爪の色が冴えないといった症状を伴う。舌質は淡,脈は細弱となる。ひどい場合は眩暈により昏倒する。疲れると発作が起こる。
[治則] 補益気血
[取穴] 合谷,三陰交(補)
[応用〕◇脾胃の運化が失調して気血生化の源が不足し,そのため気血虧虚となって起こる眩暈には,陰陵泉,脾兪(補)により健脾益胃をはかるとよい。脾胃の運化と受納が正常となり,気血が旺盛になれば眩暈は治癒する。この処方は補益気血の法である合谷,三陰交(補)と同時または交互に用いてもよい。◇心脾両虚のために気血が脳にいかないために起こる眩暈には神門,三陰交(補) により補益心脾をはかるとよい。これは帰脾湯の効に類似した効を収めることができる。◇中気不足,清陽不昇のためによく眩暈が起こり,仕事をするのがだるく,飲食減少,泥状便を伴い,顔色が冴えず,脈無力であるものには合谷,足三里(補)により補中益気をはかり,さらに百会(補)を配穴して昇陽益気をはかるとよい。これは補中益気湯の効に類似している。ただし虚気上逆に属するものには,百会を取ることはできない。補法を施すのはさらに不適切である。
腎精虧虚 虧 音読み: キ ; 訓読み: かける・ かく; 種別: -. 意味. かける。欠け落ちる。
[主証〕 頭暈,目眩が起こる。腰膝痠軟〔サンナン:だるい〕,遺精,耳鳴り,精神萎縮,記憶力減退といった症状を伴う。四肢不温で舌質淡,脈沈細あるものは陽虚に属している。また五心煩熱を伴い舌質紅,脈弦数または弦細数であるものは陰虚に属している。
[治則〕 陽虚:補腎助陽
陰虚:補腎滋陰
[取穴] 陽虚:関元,太谿,腎兪(補)。右帰飲の効に類似している。
陰虚:復溜,太谿(補)。左帰飲の効に類似している。
眩暈がひどい場合には上記の2処方に,それぞれ湧泉(瀉)を加えて浮陽を潜陽させるとよい。[応用] 『霊枢』海論篇には,「脳は髄の海と為す,其の輸は上は其の蓋に在り,下は風府に在り。 ・・・髄海不足なるときは,則ち脳転じ耳鳴り,脛し眩冒し目見る所なく,懈怠(かいたい)安臥す。」とある。腎は精を蔵して髄を生じるが,腎精虧虚のために髄海不足となって起こる眩暈には,腎兪,太谿または復溜(補)により補益腎精をはかるとよい。
痰濁中阻
[主証〕 ひどい眩暈が起こる。頭重,頭懽,胸膈満悶, 悪心,嘔吐,飲食減少,多眠といった症状を伴う。舌苔は白膩,脈は濡滑となる。
[治則」 燥湿化痰,健脾和胃
[取穴] 陰陵泉,豊隆(瀉) ,脾兪(補)あるいは陰陵泉(先瀉後補,去湿健脾) ,豊隆(瀉,化痰) ,百会(瀉,熄風)を用いる。
これは標本兼顧(標治と本治を兼ねそなえた治療法)の法である。中焦に停滞している痰湿を除けば,眩暈,嘔吐はしだいに止まる。胸悶して食べられないものには中院(瀉)を加えて化濁開胃をはかるとよい。耳鳴りにより聴覚が減退しているものには,耳門または聴会(瀉) を加えて開宣耳竅をはかるとよい。
[応用] ◇脾虚生湿,湿聚生痰となり,痰湿の邪が肝風と上擾して起こる眩暈には,陰陵泉 (補) ,豊隆,百会(瀉)にて健脾去湿,化痰熄風をはかるとよい。これは半夏白朮天麻湯の効に類似している。◇痰鬱化火,痰火上擾により頭目脹痛,心煩,心悸,ロ苦があり,舌苔黄膩,脈弦滑であるものには,豊隆,解谿または内庭(瀉)により化痰泄熱をはかるとよい。これにより痰火を潜降させて清空が安らかになれば眩輦は自然に止まる。肝陽上擾を伴うものには太衝(瀉)を加えて平肝潜陽をはかるとよい。風陽上擾を伴うものには百会または風池(瀉)を加えて熄風清脳をはかるとよい。◇湿邪内盛により眩輦のほかに耳鳴りによる聴覚減退が著しいものには,利湿を主とする。陰陵泉,聴会または耳門(瀉)により去湿利竅をはかるとよい。